
9月は「世界アルツハイマー月間」として、認知症への理解を呼びかける様々な活動が行われています。2025年には高齢者の5人に1人が認知症を発症する時代が来るといわれており、「認知症」は私たちにとって身近な病気になってきています。しかし実際に両親や身近な方が認知症になった時、その行動を理解できずに戸惑ってしまう。そんなご家族も多いのではないでしょうか。
多くのご家族が悩む認知症の症状の中から4つのケースについて、株式会社ツクイの認知症のエキスパート“認知症ケアコーチ”の鈴木さん、小池さん、そして業務管理部で“認知症ケアコーチ”をサポートする坂下さんの3名に、介護現場で実践している方法やご家族の心構えを聞きました。
今月は「世界アルツハイマー月間」特集として、4つのケースを前編・後編の2回に分けてご紹介します。前編では認知症によって、「食べたことを忘れてしまう」「暴言・暴力を起こす」のケースについて、介護現場で実践している方法やご家族の心構えをご紹介します。
CASE1 ご家族が戸惑う認知症の症状
~食べたことを忘れてしまう~
認知症による記憶障害等によって、さっきやった事を丸ごと忘れてしまうということがあります。
『一緒に食卓を囲んだおばあちゃんが、食べ終わった直後に「ごはんを食べてない」と言った。家族が驚いて「食べたじゃない!」と伝えたら、本人は「食べてないのに!」と怒って興奮してしまい、収拾がつかなくなってしまった。』このような「食忘れ」は認知症の方に多い症状といいます。皆さんは食忘れに対してどのように対応してきたのでしょうか。

坂下さん・・・お客様の気持ちに寄り添って味方であるように心がけてきました。
認知機能の低下による食忘れは、特に食べる事がお好きな方に多い症状という印象があります。ご本人が「食べていない」と言ったら、私は実際には食べ終わってしまったことを知っていても「食べていない」と思っているお客様の気持ちに寄り添って味方であるように心がけてきました。
グループホームで食事を終わったお客様が、「周囲の方のお皿には料理がある」「自分のお皿だけ空っぽ」という状況から、「私は食べてない。誰かが空っぽのお皿を置いて行った」ということもありました。そんな時は決してお客様を否定せず、「まあ!誰がお皿を置いて行ったのでしょう。それはお腹が減りますね」と同意して、少し召し上がって頂くこともありましたが、やはりお客様に向き合うことが大切だと思います。お客様のお話を聴いて共感することで徐々に落ち着かれる方も多かったです。
鈴木さん・・・小さなおにぎりを10個位つくって召し上がって頂くこともありました。
グループホームではみんなで食事をするため、どうしても食事のスピードが速い方が先に食べ終わってしまい、他の方のお皿と自分の空っぽのお皿を比べて「自分は食べていない」と仰ることが多かったので、そんな方へはお食事を遅めにお誘いして、食べ終わるタイミングが一緒になるように調整していました。
その他のケースでは、持病や健康管理を考えると食事量を増やすことができないお客様へは、お食事を一日3回でなく、お茶碗3杯分のご飯で小さなおにぎりを10個位つくって、小まめに召し上がって頂くこともありました。
小池さん・・・介護の場面では正論を言うことが、必ずしも正解ではないということです。
対応方法に正解はないのかもしれませんね。ただ、介護現場でよく後輩のスタッフ達と話し合うのですが、「食べましたよね」と正論を言うことが、介護の場面では必ずしも正解ではないということです。正論を言うことで逆に症状が悪化してしまうこともあります。
坂下さん・・・会話や行動をよく観察することが大切です。
観察することも大切ですよね。会話や行動をよく観察して、本当にお腹が減っているようでしたら普段の食事を見直す必要もあると思います。高齢者用のメニューは、柔らかいものが多かったり、小さく刻んであったりと、食べやすさを重視したメニューが多いのですが、そのメニューに物足りなさを感じている場合も割と多いです。あるいは、お腹が空いているわけではないけれど、「自分だけもらっていない」と思い込み、そのことに傷ついて怒っているのかもしれません。
しかし以前、本当にお腹が減ったお客様が、夜中にキッチンに来て、見つけた食材を食べてしまったことがありました。そういった場合は、生ものを食べてしまうと危険なので、見つけやすいところにお菓子を入れたケースを用意したというケースもありました。
鈴木さん・・・夜中に冷蔵庫を開けてしまったお客様のケース。
デイサービスのお客様でも、夜中に冷蔵庫を開けてなんでも食べてしまい、困ったご家族が冷蔵庫にロックをかけたところ、無理にこじ開けて冷蔵庫が壊れてしまったというご相談をいただいたこともありました。その時はケアマネジャーや私たちデイサービスのスタッフなどの担当者会議で対応方法を検討しました。そこで「冷蔵庫の中には、カロリーの高いお菓子や危険なものは入れずに、そのまま食べても差しさわりがないトマトやキュウリなどの野菜と麦茶だけを入れておくのはどうだろう」ということになり、実際に試してみたところ、何度か冷蔵庫を開けに来たものの、次第に興味がなくなったご様子で、夜中に冷蔵庫を開けることもなくなったというケースもありました。
また、グループホームのお客様のケースではご家族からの差し入れのお菓子を一日で食べきってしまう方がいらっしゃいました。その際はご家族にご相談してカロリーの低いものを差し入れにしていただくようにしました。
一概には言えませんが、食事に関心が高い方、美味しいものが大好きだった方など食へのこだわりをお持ちの方に食忘れの症状が多いと感じます。食べることは楽しみの一つでもありますから、持病などが無く、食事制限がない場合には少しゆるく考えて、軽食をお出ししてもよいと私は考えています。
小池さん・・・何がその方にとって必要なのか考えましょう。
私の働くデイサービスでも、お食事後にもう一度お食事をお出しすることもありました。しかし食事制限がある方の場合は、そうはいきません。その時その時異なる状況の中で、その方にとって何が必要で一番良い方法かを考えて実践することを繰り返すほかないと思います。ご家族は大変だと思いますが、こういったお困りごとはぜひケアマネジャーや介護事業者にご相談いただきたいと思います。ご家族と一緒に一番良い方法を考えていきたいと思います。
CASE2 ご家族が困る認知症の症状
~暴言・暴力を起こす~
認知症によって感情のコントロールができなくなり、暴言・暴力に繋がるケースは少なくないといいます。こういったケースに直面したとき、ご家族はどう対応したらよいのでしょうか?

坂下さん・・・ご家族が自分たちだけで何とかできる症状ではない時は、助けを求めてほしいです。
これはご家族が最もつらい症状ではないでしょうか。「認知症」ということを思い知らされる場面だと思います。私は、周囲の人に危害を加えるような場合には、ご家族は逃げていいと思っています。激高している時はその場から離れる。ご家族が自分たちだけで何とかできる症状ではありませんから、助けを求めてほしいです。介助者の対応によって症状が落ち着く場合もありますが、レビー小体型認知症の方でどう対応しても暴言・暴力がおさまらないという方もいらっしゃいました。主治医に相談して適度な投薬が有効な場合がありました。
鈴木さん・・・認知症のタイプによっては理性をうまく保てないことも多いです。
認知症のタイプによっては理性をうまく保てないことも多く、この場合は薬が有効な場合が多いです。
穏やかな人だったのに、急に怒りっぽくなった。理性がきかなくなりセクシャルハラスメント的な言動をする。という症状で、実際に専門の医療機関で調べたもらったところ前頭側頭型認知症だったということもあります。
小池さん・・・医療・介護・地域など専門職が関わっていくことが大切だと思います。
「あんなにおとなしかったお父さんが見たこともないほど激高して・・」「あんなにまじめだったお父さんがこんなことを言うなんて・・」とご家族は本当にショックを受ける症状だと思います。
認知症は、周囲の関わり方で症状が変わることもありますが、暴言・暴力によってご家族やスタッフの心や体が傷ついてはいけません。それにこの症状によって家族の関係が壊れてしまうこともあります。医療・介護・地域など専門職が関わっていくことが大切だと思います。
鈴木さん・・・とにかく早く相談していただきたいです。
どういう時に暴言が出るのか観察すると、トイレやお風呂介助の時が割と多いです。
トイレやお風呂で「他人に触れられたくない」「見られたくないと」いうのはどの人も同じです。それが認知症によってうまく言葉にできずに暴言を言ってしまうということも多いのではないでしょうか。こういった場合は介助するスタッフの行動を変えることで改善することもありました。
ですがご家族となると別です。これまでご自分たちだけで抱え込んでいたご家族を数多く見てきました。介護で仕事を辞めた方もいらっしゃいました。中には、奥様が限界を超えるまで暴力に耐えてしまった結果PTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまい、ご本人はグループホームに入居したのですが、恐怖で面会にも来られないという方もいらっしゃいました。こんなに苦しむ前に来てくださればよかったのにと思ったことも一度や二度ではありません。ケアマネジャーでも介護サービスの事業所でも構いません。とにかく早く相談していただきたいです。
中には、ご家族が周囲に相談しづらいこともあるかもしれません。しかし、それは認知症という脳の病気によっておこる症状ということを理解すると、少し気持ちが楽になるかもしれません。そして何よりご家族だけで抱え込まないことが認知症介護の秘訣ではないでしょうか。

次回は「世界アルツハイマー月間」特集の後編として、「自宅にいるのに帰りたがる」「認知症の父母介護へのストレスで優しくなれない」をテーマに、介護現場で実践している方法やご家族の心構えをご紹介します。
コラム監修
坂下 明美
株式会社ツクイ サービス管理課 係長
富山県認知症介護指導者、介護支援専門員、介護福祉士、認知症ケア専門士

坂下 明美
株式会社ツクイ サービス管理課 係長
富山県認知症介護指導者、介護支援専門員、介護福祉士、認知症ケア専門士

鈴木 真実
ツクイ新潟姥ヶ山グループホーム、ツクイ五泉赤海 主任所長
介護福祉士、介護支援専門員、認知症実践者研修修了、認知症実践リーダー研修修了

鈴木 真実
ツクイ新潟姥ヶ山グループホーム、ツクイ五泉赤海 主任所長
介護福祉士、介護支援専門員、認知症実践者研修修了、認知症実践リーダー研修修了

小池 晶子
ツクイ大阪菅原 所長
介護福祉士・認知症実践者研修修了・認知症ケア専門士

小池 晶子
ツクイ大阪菅原 所長
介護福祉士・認知症実践者研修修了・認知症ケア専門士
